
知的障害者の入所施設をつくろうという計画は、当初障害児教育に携わった数名の教員からでした。当時この発起については「無理である」とか「夢だ」とかいろいろとありましたが、その動機となった経過は、身体や知的なハンディをもった多くの子どもたちにふれあい、その障害のある子どもたちのそれぞれの人生や社会参加にむかって共に力を尽くし、少しでも障害の状態が改善されるようにと願いながら日々の活動を続けていました。
次々に養護学校を卒業していく子どもたちのその後の現状をみた時、彼らが生きるうえで遭遇している大きな困難から目をそむけることができませんでした。障害者に対し、今でも充分な施策がなされているわけではありませんが、施設づくりを発起した1980年頃の社会状況では障害をもつ子どもたちの進路保障をするほどには福祉施策が整備されておらず、適切な仕事をみつけることはおろか、福祉施設にも入れずにやむなく在宅障害者となり、外に出る機会も少なく、長年の間には年老いた親や兄弟などの世話をうけながら生活している卒業生が多く存在していました。その卒業生たちの悩みを聞く度に、あいるは困っている現状を見るにつけ、彼らと接してきた者としては身を切られるような思いしました。
そしてこのような思いを重ねるうちに、いつしか障害をもつ子どもたちと接してきた我々の手で何とかしたい、あるいは、一助になりたいと思うようになりました。これが社会福祉法人青葉仁会の創設の発端でした。
昭和58年 |
4月 |
設立発起人榊原典俊ほか3名(中山恵子・長谷川和子・岩本士) |
昭和59年 |
5月 |
伊藤匡、会長に就任 |
昭和61年 |
3月 |
知的障害者入所授産施設「あおはにの家」設立用地として |
8月 |
奈良市杣ノ川町自治会より「あおはにの家」設立につき同意書と |
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昭和62年 |
1月 |
身体障害者自立事業所「ワークショップあおはに」を奈良市 |
昭和63年 |
4月 |
知的障害者通所自立訓練ホーム「生琉里作業所」を奈良市 |
平成元年 |
6月 |
「あおはにの家」設立用地の追加として、奈良市杣ノ川町51番地 |
平成2年 |
1月 |
「あおはにの家」設立用地の整地工事開始 |
2月 |
会長制をやめ、理事会制とし、初代理事長に稲葉忠温を選出 |
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5月 |
身体障害者授産事業所「アウトドアフォレスト」を奈良市佐保台に |
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平成3年 |
8月 |
「ワークショップあおはに」を休業 |
9月 |
社会福祉法人認可 |
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11月 |
身体障害者授産事業所「モンベルファクトリーアウトレット」を |
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平成4年 |
4月 |
知的障害者入所授産施設「あおはにの家」を開所 |
知的障害者通所授産施設「杣ノ川ワークス」を開所 |
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平成6年 |
4月 |
第2入所施設(現萌あおはに)設立用地としてあおはにの家西側 |
6月 |
第2代理事長に榊原典俊を選出 |
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平成7年 |
1月 |
「アウトドアフォレスト」を株式会社モンベルに営業譲渡 |
5月 |
第2分場施設(現水間ワークス)設立用地として、奈良市水間町 |
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平成9年 |
4月 |
「水間ワークス」開所 |
平成14年 |
4月 |
「萌あおはに」開所 |